パスワードを忘れた? アカウント作成
12898305 submission
日記

ぐりあわせでマロリー

タレコミ by withoutm
withoutm 曰く、

ネズミのような顔をした小男は肩をすくめた。「まだ暗くなるまでには数時間ある」かれは低い声で答えた。「たぶん、そのときを待ってるんだろうよ」
 すると少し離れた上の方から、歌声が聞こえてきた。歌はひどく下品で調子っぱずれだったが、歌い手はあきらかに上機嫌らしかった。近づくにつれ、ろれつのまわらない言葉つかいから、男がかなり酩酊しているのがわかった。
 マロリー人たちはにやにやしながら、互いに見交わした。「どうやらまたあらたな愛国者が増えるらしい」中の一人が笑って言った。「わざわざ自分から入隊にくるとはな。ひとまず散ってから、やつが切り開きに入ってきたところで、取り囲め」
 やがて鹿毛の馬に乗った、歌を口ずさんでいるナドラク人の姿が一行の前にあらわれた。男はおなじみの黒っぽい染みだらけの黒衣に身を包み、頭の一方に危なっかしく毛皮の帽子をのせていた。もじゃもじゃの黒髭に、片方の手にぶどう酒の入った革袋を持っている。身体は馬の上でぐらぐらしていたが、男の目は見かけほど酔っていないことを示していた。ラバの群れを引き連れて切り開きに入ってきた男を、ガリオンはまともに見た。何とそれはクトル?マーゴスの〈南の隊商道〉で出会った、ナドラクの商人ヤーブレックだった。
「いよう、諸君!」ヤーブレックは大声でマロリー人たちに呼びかけた。「結構な収穫があったようじゃないか。見るからに剛健そうな新兵ばかりだぞ」
「これなら話は簡単だ」マロリー人の一人がにやにや笑いながら、馬を動かしてヤーブレックの行く手をふさいだ。
「なんだ、おれのことかい」ヤーブレックは高らかに笑った。「冗談じゃない。おれは兵隊なんぞやってる暇はないんだ」
「そいつは残念なことだな」マロリー人が答えた。
「おれの名前はヤーブレック、ヤー?トラクの商人であり、ドロスタ王の個人的な友人でもある。王みずからの委任を受けて、任務を遂行しておる最中だ。おれの邪魔をしようものなら、ヤー?ナドラクに足を踏み入れたとたん、おまえらは皮をはがれ、生きながら焼かれることになるぞ」
 マロリー人は商人の言葉にいささか心もとなくなったようすだった。「われわれはザカーズ陛下の命令のみによって動いている」かれは弁護するように言った。「ドロスタ王が何といおうとわれわれには関係ない」
「だがおまえたちはガール?オグ?ナドラクにいるんだぞ」ヤーブレックは言い返した。「ドロスタ王はその気になれば何でもできる。むろんすべてことが終わった後でザカーズ皇帝に詫びることだって考えられるが、その頃にはおまえたち五人は皮をひんむかれて、ぐるぐるあぶられた後だろうな」
「おまえが公務で旅しているという証明書は持っているだろうな」
「むろんだとも」ヤーブレックはそう言いながら、頭をぼりぼりかき、愚鈍そうな当惑の表情を浮かべた。「はて、あの羊皮紙はどこへしまったけな」かれはぶつぶつひとりごちていたが、やがてぱちんと指を鳴らした。「そうだ、思い出したぞ。一番後ろのラバの荷物の中にしまったんだ。まあ、書類を探しているあいだ、これで一杯やってたらどうだ」商人はそう言いながらぶどう酒の革袋をマロリー人に手渡し、荷物用のラバの列に引き返した。そして馬を降りると防水布の荷物のひとつを引っかきまわし始めた。
「こいつの言う証明書を見てからにした方がいい」別のマロリー人が言った。「ドロスタ王はあまり敵にまわしたくない人物だからな」
「とりあえず、待っているあいだ一杯やろうじゃないか」もう一人が革袋に目をやりながら言った。
「そいつに関しては意見が一致したようだな」最初の男はそう言いながら、革袋の栓をゆるめ始めた。そして革袋を両手でかかげると、あごを上げて飲もうとした。
 そのとたん、手ごたえのある音がしたかと思うと、男の赤い長衣のすぐ上の、のどの部分に羽根かざりをつけた矢が深々と突きささった。男の仰天した顔の上にぶどう酒が勢いよくほとばしった。犠牲者の仲間たちは警戒の叫び声をあげ、あわてて武器に手をのばしたが、すでに遅かった。ほとんどの男たちは、シダの茂みの陰から雨あられと放たれる矢に当たって、次々と鞍から転げ落ちた。それでも一人だけは、脇腹に深々とささった矢を握りしめながら、何とか馬の向きを変えて逃げ出そうとした。だが馬が二歩も行かないうち、マロリー人の背に矢が突き刺さった。男は一瞬身をこわばらせ、足をあぶみに引っかけたまま崩れ落ちた。驚愕した馬は飛びはね、乗り手を引きずったまま来た道の向こうに消えた。
「どうやら書類をどこかへやってしまったようだ」ヤーブレックは意地悪い笑みを浮かべながら、戻ってきた。商人は先ほどまで話していた相手を、足でひっくり返した。「だが、もともと見る気なんてなかったんだろ?」かれは死んだ男に向かって言った。
 のどに矢を突きたてられたマロリー人は、うつろな目で空を見上げている。口をぽかんと開け、鼻からどくどく血を流し続けていた。
「そんなことだろうと思ったよ」ヤーブレックは野蛮な笑い声を上げた。かれは足を引くと死んだ男の顔を蹴飛ばして、再度ひっくり返した。シダの濃緑色の背後から射手が姿をあらわすのを待って、商人はシルクに向かってにやにや笑いかけた。「まったく逃げ足の速いやつだな。とっくにあのおぞましいクトル?マーゴスで、タウル?ウルガスに息の根を止められているものと思っていたぜ」
「そいつはやつの見込みちがいというものさ」シルクは無頓着な声で言った。
「それにしてもいったい、どういうめ軍なんぞに入隊したんだい」ヤーブレックがおもしろそうにたずねた。その顔からは、すでに酔いの兆候は消えうせていた。
 シルクは肩をすくめてみせた。「ちょっと油断したものでね」
「おれは三日前からあんたたちの後を追っていたんだぞ」
「まったくおまえの心遣いには、痛みいるね」シルクはそう言いながら、かせ[#「かせ」に傍点]をはめた片足をあげて、鎖をじゃらじゃら鳴らしてみせた。「ところでついでにこれもはずしてはもらえんかね」
「まさかこれ以上悶着を起こそうってわけじゃないだろうな」
「むろん、そんなつもりはない」

この議論は、 ログインユーザだけとして作成されたが、今となっては 新たにコメントを付けることはできません。
typodupeerror

クラックを法規制強化で止められると思ってる奴は頭がおかしい -- あるアレゲ人

読み込み中...