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子供たちはプログラミングを学ぶべき?」記事へのコメント

  • この理論だと
    「料理をする人は、野菜の作り方を勉強するべきである」とか
    「車を運転する人は、車の動作原理を勉強するべきである」って
    話になっちゃいますよね。

    産業革命からこっち、システムがどんどん巨大になっている人間社会の中では、
    分業が進んでいるわけですから、すべてを学ぶには時間が足りなさすぎます。
    勉強できる環境を提供するのはいいけど「勉強すべき」は言い過ぎかとおもいます。
    • 料理をする人も、車を運転する人も、国語や算数の勉強をするべきなのと同様に
      プログラミングの勉強をするべきという時代が来ると思います。

      元の意見は、それぞれの専門分野があるのは当然わかっている上で、
      プログラミングは基礎学力となるべきという話で、特定の専門家だけが学ぶものではないという主張なんだと思います。

      それはなぜかというと、ありとあらゆる分野で活用できるからでしょう。
      メニューから機能を選ぶ、提示されたハイとイイエを選ぶ、それだけではコンピュータを使っているとは言えない。
      プログラミングによってロジックを指示してコンピュータに自分だけの問題を解かせる。
      誰にでも振りかかる個別の問題を自力で解決できるようになる。

      だからこそ、勉強すべきなんだと思います。
      他人に提供するアプリケーションを記述するというのは専門家の仕事で良いと思いますが
      自分の問題を自分で高度処理できないというのは、文字が読めない、足し算ができない、ぐらいに原始的に思えるような
      そういう常識になるべきという話なんだと思います。

      • > メニューから機能を選ぶ、提示されたハイとイイエを選ぶ、
        > それだけではコンピュータを使っているとは言えない。
        > プログラミングによってロジックを指示してコンピュータに
        > 自分だけの問題を解かせる。
        > 誰にでも振りかかる個別の問題を自力で解決できるようになる。
        それって,ソフトウェア工学が発展したら,不要なのでは?
        スタートレックの乗組員のコンピュータへの依頼がプログラミングとは思えない.

        今はまだ,人のように自然言語を理解したり,人のように他者の意図を理解する
        ソフトウェアは存在しないけれど,もしそれが存在したとして万人にプログラミング
        • by Anonymous Coward

          自然言語でコンピュータに指示を出すのもプログラミングというのなら,分からなくもないですが,その場合,国語で十分ですよね?

          十分ではありません。もし十分と言うなら法律家も司法試験は必要なく国語の試験で十分と言う事になります。
          人は抽象的な事だけ学んでも身につかないものです。抽象的な概念は普遍性が高いですが、応用された具体的な事象を学ぶことで身につけやすくなりますし、応用方法自体を学ぶことにもなります。
          たしかに、長期的に見れば廃れるものも多いです。しかし、当時確実に有用なのであれば教える事も有用ですし、時にはいずれ廃れたとしても文化として教え続けることも大事になるかもしれません。
          また、廃れるとしても教育として有用である場合もあります(もちろん配分などは変わるでしょうが)。手書きの必要性が低下しているからと、漢字の書き取りを無くして良い事にはならないでしょう。
          #プログラムが手段でなく目的になるとまずいかなとは思いますが。

          • 私は法律家ではありませんので、私自身が司法試験を
            受ける意味を感じられません。
            当然、弁護士や裁判官には司法試験は必要だと思います。

            義務教育として司法試験を受けるのに必要な勉強をする
            必要があるのでしょうか?

            誰もが専門家になる必要はないと思います。

            全くの無知でいろとは思いませんが、誰もがプログラミング
            できる必要もないでしょう。

            法律にしても計算機にしても、使いこなせれば便利で有利だと
            思いますが、たかが人の作ったツールに過ぎないとも思います。
            "それを使いこなす技術" と "論理的思考を鍛えるための教育" とは
            分けて考えた方が良いと思いますし、使いこなす技術なんて
            自分で本を読んだり、試行錯誤でもして手に入れなきゃ、
            実際には、うまくは使えないんじゃないかとも思います。

            "プログラムができると便利だから" という理由で教育に組み込む
            のはとても違和感を感じます。
            # 車の運転も、料理も、ハンダ付けも便利なスキルですよね。

            元々のコメント
            >>> プログラミングによってロジックを指示してコンピュータに
            >>> 自分だけの問題を解かせる。
            >>> 誰にでも振りかかる個別の問題を自力で解決できるようになる。
            は、まさに
            「#プログラムが手段でなく目的になる」
            になっているように思います。プログラムというかプログラムを教える
            事が問題解決の方法論 (手段) になるという理由で、手段を取得する
            ことを目的にしているように見えます。

            本当は、論理的に問題を解決する方法論 (ロジック) を自分で
            構築する力を育てたいのでは無いでしょうか?

            ちなみに、"有用" は "便利" という意味でしょうか? "意義がある" という
            意味で使っておられるでしょうか?
            私の意見はまとめると
            -論理的思考を鍛えるのは意義がある。
            --きっと、手書きで漢字を教えるのにも意義がある.
            -プログラミングのスキルを取得することは便利であるが、
            必ずしも意義があるとは思えない。
            -プログラミングを習得することは論理的思考を鍛えるに便利かもしれない。
            です。
            意義があることを教えるのには賛成ですが、便利なだけで教える
            のに賛同はできない。というものです。

            義務教育としては、コンピュータの動作は便利で複雑なものだけど、
            結局は人が考えたロジックに従って動いている道具に過ぎない。
            ということを理解させれたら十分なのではないかと思います。
            それが分かれば、少しロジックを付け加えたら自分の扱いたい問題
            を効率的に解くための道具に修正することが "できる" ことを
            理解してくれるんじゃないかと思います。
            # 例えばプログラムを書くことによってですが
            "する" か "しない" かは本人の自由だと思います。
            親コメント

クラックを法規制強化で止められると思ってる奴は頭がおかしい -- あるアレゲ人

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